9月第一主日 9月5日(日)

讃美歌①351番(1,2節) ②4番(3,4節) 頌栄:24番

聖書イザヤ書35章4~7節前半、マルコによる福音書7章24~37節

説教今日の福音書において主イエスはティルス地方で出会ったギリシャ人の女性からの「娘から悪霊を追い出してください」という願いをすんなりとは受け入れていないように見え私達は当惑します。主イエスはこの女性の訴えをどうでも良い事と考えたのでしょうか。そうではありません。主イエスは御自身がこの世界に人となって来られた第一の使命は、父なる神に派遣されたメシア(油注がれた者) として、ユダヤ人たちに彼らが長い間待っていた開放の時がいよいよ来たことを告げることにある、とわきまえておられたのです。そしてエルサレムにおいて、ご自身が十字架にかかれて、3日後に復活されることによって、その解放の時をもたらすことをはっきり自覚しておられたのです。そのようにしてユダヤ人たちが待望していた神の国が実現することによって、この女性がそうであるところのギリシャ人をはじめとするすべての民族が、イスラエルの神、世界の創造主の救いの下におかれることを知っておられました。ですから異邦人(ユダヤ人以外の民族)がその神の恵みの支配のもとにおかれるのは時間の問題だったのです。主イエスはいよいよ十字架へと向かって行こうとしている今、御自身のその第一の使命から一歩たりともそれてはならないことを強く自覚されていたのです。しかしそれでももうすでに神の国の支配は、異邦人にも広がり始めています。この主イエスのお言葉は、それでも主イエスにすがるこの女性の信仰の告白を導き出しました。その彼女の信仰に基づいて、イエスはこの女性の娘から悪霊を追い出され、神による解放をもたらされたのです。テーブルの下の子犬ももうパンを食べ始めています。そしてこの後、主イエスが十字架にかかられ、復活されたことによって、全ての異邦人は、この日本に住む私たちも、この主イエスがもたらされるすくい、解放に完全にあずかるようになりました。
31節以降は、耳が聞こえず話すことができない人の癒しの奇跡が証言されています。この奇跡は、今日の旧約聖書、イザヤ書35章4~7節の預言の成就でした。この預言は当初、捕囚の民に対する預言でした。長い、また悲しい捕囚の後、イスラエルは解放され、刷新される、という預言です。このことが主イエスの到来、そして十字架と復活によって成就した、とマルコは証言しているのです。
私たちが将来いただく「救い」とは、私たちと神との本来の関係を回復するものです。そしてその神との関係の回復によって、私たちは私たち人間が本来意図されていた姿に徐々へと回復していきます。いわば私たちは癒されつつあるのです。その救いという癒しが完全なものになるには主イエスが再びこの世界に来られて、私たちを、そしてこの被創造世界を再創造されるときです。そのとき私たちは、神と顔と顔と合わせてお会いし、舌のもつれが全くない完全な賛美をささげるようになります。

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